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学芸員コラムColumn

2016年10月18日展覧会#017 鴨居玲―道化師のリアル

kamoi_saruこの作家の作品が今出ているか、という問い合わせは美術館によくあります。TVで紹介されて一時的に盛り上がったものとは別に、定期的に必ず問い合わせがある作家もいます。その一人が当館では鴨居玲です。

鴨居の代表作の一つ、赤い背景に佇むピエロを描いた《出を待つ(道化師)》が、人気小説家・桐野夏生の近著『猿の見る夢』の表紙になりました。安定した身分に驕り、その無自覚さゆえに転落するこの物語の主人公を、作者の桐野は「猿」と表現しています。物語に通底する滑稽さやもの哀しさを、装丁デザイナーは鴨居の道化の中に見たのでしょう。しかしこのピエロは鴨居の自画像でもあります。では鴨居自身は「猿」のように無自覚だったのでしょうか?―否、彼は「ピエロ」の如きリアリストでした。
クールベやベラスケスの作品から着想を得たとされる、今回の展覧会出品作《1982年 私》は、過去に描いてきた裸婦やピエロ、酔っ払いたちの中で白いキャンバスを前に放心する自画像です。ネタ切れという、画家として戦慄すべき現実に対峙した姿。人々を楽しませるピエロは、自らの立場を見据えた人間しか演じることはできないのです。
鴨居は日常生活の傍らにひっそりと息づく闇を、主に人物画(=自画像)として表しました。自分の心の暗部を見つめ、描いた作品群は今もなお、抗いがたい力で私たちを魅了します。(文中敬称略・寺川和子)

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