今月の美術館だより
 第229号 平成14年11月1日発行


●美術館小史・余話 28 
嶋崎 丞(すすむ) 当館館長

日本名刀展事件

 私の長い美術館生活の中で、最も語りたくないことを書かざるをえない時がやってきた。

 それは昭和46年6月26日から7月25日まで開催した「日本名刀展」の初日と、7月18日未明に起きた二つの事件のことである。

 初日の事件とは、閉館間際の午後3時50分頃、某大学3年の学生が展示ケースのガラスを破って中に入り、展示中の重要文化財の名刀を使って割腹自殺を遂げたこと。そして7月18日未明の事件は、犯人が展示室非常口扉の蝶つがいを切り取り、扉を外からこじあけて展示室に侵入し、展示中の名刀を盗み出したことである。

 初日の事件後、職員と刀剣保存協会幹部の方々と話し合った結果、展示室の監視体制をしっかりやればこのような事件は起こらないだろうということで、4日後に再開したが、残念なことに18日の盗難事件が起きてしまった。

 盗難事件の方は、その後犯人が逮捕され、名刀は無事返ってきた。しかし、この二つの事件によって美術館が受けた痛手は計り知れぬ大きなものがあった。次期展に予定されていた「備前のやきもの」展出品交渉のため、所有者宅を訪問した時、「盗難や割腹事件を起こしながら、よく大切な美術品を借りにこられたものだ。」といわれた言葉が、未だに私の耳元に残っている。あの時のみじめな気持ちは二度と味わいたくないという思いは、今でもいっぱいである。日々新たな気持ちで常に初心に返り、細心の気配りをしながら仕事を行っている今日この頃である。