特別陳列 -いのちの花- 稲元 実 展  第4展示室
  平成26年10月30日木曜日〜11月24日月曜・休日 会期中無休          


  稲元実は、1946年石川県七尾市の蒔絵を生業とする家に生まれました。5歳で東京に転居し、69年武蔵野美術大学日本画科を卒業。71年から加藤東一に師事します。その後日展において頭角を現し、昨夏に66年の生涯を閉じるまで、日本画家として歩み続けました。
 稲元の創作を語るとき、欠かせないのが一貫した主題と描写力です。生涯にわたり主題としたのは「家族」。初期は妻と自身をモデルに、やがて子ども達が加わり、変容する家族の姿を描きだします。2回目の日展特選作「歩拾弌歳」は、その構成からは、長女の誕生日を祝う記念写真を思わせますが、背景、そして夫婦の表情には不安感を漂わせています。稲元の手法はときに家族のありさまを如実に描き、そこに内在する正負の感情を暗喩的に描き出します。また、「野辺」(1980)のように家族の姿に物語を投影させる手法も用いますが、その物語は極めて個人的で解釈は両義的です。簡単に割り切れないわかりづらさが、作品に奥行きを与えることに一役買っています。
 そして写実に徹し、卓抜した描写力は、人物、花鳥とジャンルを問わず揺るぎない個性を伴い、対象の奥に湛える生命感をすくい上げるようです。特に清廉な白い牡丹は、花鳥画の様式を超越しながらも徹底した写生に裏打ちされ、鑑賞する者の眼を惹きつけずにはおかない芳香を放ちます。「彼の描写力は高い水準に達している。」「真面目な男で独自の画境を確立し、ますますその探求に精進し着実に前進するであろう。」とは若き稲元の個展に宛てた師加藤東一の言葉です。
 本展では、稲元実の初期から晩年までの代表作27点で、日本画の次代を担う旗手として歩んだ軌跡を辿ります。

学芸員の眼
 日本画の主題、表現の方法は、戦後大きな変容を見せました。戦前期までは、いわゆる花鳥画、歴史画などに代表される日本的、伝統的な主題が主流でした。戦後、昭和30年代を中心に抽象的な表現を含め、幅広く主題がとられるようになります。しかし稲元のように、私的な世界を主題として設定することは一般的ではありませんでした。当時、モデルに家族を選ぶことはあっても、継続的に自身や家族を主題として作品化し、成功した作家は希だったのです。稲元が様々な角度から様々な手法で「自身」と「家族」の有り様を日本画で作品化したことは、近代に私小説が登場したことや、現代写真界に「私写真」という概念が登場したことに通ずるものを感じます。


No.  作品名  制作年  初出展覧会  形態  所蔵
1 待つ 1977年 三人展 額装 個人
2 1978年 第10回日展 特選 額装 個人(当館寄託)
3 仮面 1979年 第14回日春展 奨励賞 額装 個人
4 1980年 第12回日展 額装 個人
5 野辺 1980年    額装 個人
6 1980年 二人展 鹿見喜陌 額装 個人
7 1981年 第16回日春展 日春賞 額装 個人
8 父子 1983年 第18回日春展 奨励賞 額装 個人
9 夏日 1983年 第15回日展 額装 石川県立美術館
10 午睡 1984年 第16回日展 額装 個人(当館寄託)
11 1984年頃    額装 個人
12 歩拾弌歳 1985年 第17回日展 特選 額装 個人
13 季節は終わりぬ 1986年 第18回日展 額装 個人
14 武蔵野 1990年 第22回日展 額装 個人
15 白秋 1991年 第23回日展 額装 個人
16 1993年 第25回日展 額装 個人
17 牽牛花 1995年 第27回日展 額装 個人
18 明日 1995年頃 不明 額装 個人
19 1997年 第29回日展 額装 個人
20 21stC 水の星 2000年 第32回日展 額装 個人(当館寄託)
21 緋牡丹4面 2000年代    4面 個人
22 白牡丹4面 2000年代    4面 個人
23 鎮魂 1972・グラン・ド・ジョラス 2001年 第33回日展 額装 個人
24 酔芙蓉 2004年 第36回日展 額装 個人
25 2005年 第37回日展 額装 個人
26 日々是好日 2009年 第41回日展 額装 個人
27 2010年 第45回日春展 額装 個人
28 資料 スケッチブック大1冊、小2冊、筆類10本、絵具皿10枚、絵具瓶5本、卓上イーゼル1台、絶筆小品1点、写真パネル2枚