ほぼ毎年、鴨居の命日、9月7日前後に館蔵品と寄託品による特集展示を行っていますが、今回は、「道化師」をテーマにしました。
鴨居の描く男性像には、いくつかのパターンがあります。安井賞を受けた「静止した刻」や「蛾と老人」などのベレー帽を被り黒いマントを着た男、スペイン時代の酔っぱらいや廃兵、帰国後に数多く描かれる自画像。ある時期にこうしたテーマが集中するのですが、道化師の場合は、「静止した刻」の頃からずっと折にふれ描かれています。白く化粧をして笑い顔を描いた道化師は、韜晦癖のある鴨居そのものであり、最後の自画像は顔を面であるかのように取り外し、のっぺらぼうになった「肖像」ですが、これは化粧を落とした道化師のより切実な姿というべきなのでしょう。
さて、最晩年の自画像は鮮烈な赤をバックに描かれます。最晩年といっても57歳で鴨居は生を終えるのですが、実は鴨居の父の亡くなった歳と同じです。「1982年 私」を描いたとき鴨居は54歳でした。その段階で、もう描けないと白いキャンバスを前に茫然と腰かけているのです。しかし、その後の4年間の制作は、以前のテーマを再生産するものではありますが、印象深い充実した作品が続きます。赤をバックにする道化師もその中の1つです。では、バックはなぜ赤いのでしょうか。父の没年、その先には還暦が控えていると考えたとき、鴨居は自己の生まれ変わり、新たな誕生を赤いバックに込めたのでは、という想定も成り立つのではないでしょうか。鴨居の特集、ぜひご覧ください。