加賀藩三代藩主前田利常は、政治的に屈従を強いられた無念を晴らすかのように、文化政策において幕府に対抗心を燃やした大名でした。そして名品の収集や名工の招聘とともに利常が意欲的に取り組んだのが、江戸ではできない色絵磁器の生産でした。中国で確立された色絵磁器の技法は徐々に日本にも伝えられ、十七世紀にはいると本格的な生産体制が整備されていきます。前田利常は九州の有田地区の動向にいち早く注目し、人的交流によって技術の移転をはかり、やがて十七世紀半ば、加賀南部の九谷の地に色絵磁器の生産拠点を確立します。そしてそれから約半世紀間に、今日古九谷と呼ばれている独創的な色絵磁器がそこで生産されます。
古九谷色絵の特質は、豪放華麗な意匠感覚にあります。古九谷の色絵、青手の両様式には、中国の景徳鎮五彩や華南三彩の影響が認められますが、意匠感覚は斬新であり、日本や中国のみならず、西洋の文物も熱心に参照しています。こうした姿勢が前田利常の文化人としての「好み」であり、また幕府に対する反骨精神の表明と考えることができます。このように、古九谷の意匠は加賀の文化風土と密接に結びついて誕生し、若杉や吉田屋など再興九谷諸窯にも継承され、さらに明治時代以降今日に至るまで当地の陶芸家の精神的支柱となっています。
本展は「古九谷とその展開」として、短期間に花開いた古九谷の独創的な表現世界と、再興九谷諸窯による継承・翻案の軌跡を、古九谷二十五点と再興九谷十一点の展示によって概観したいと思います。