今回の特別陳列は、加賀藩の美術工芸を「収集」と「育成」の視点から概観するものです。藩祖前田利家以来、前田氏と徳川氏は政治的な緊張関係にありました。二代藩主前田利長は、徳川氏による幕藩体制の統制下に置かれることで、前田家と加賀藩の安泰を図るという苦渋の決断をしました。しかし前田氏の、徳川氏への屈折した思いは継承され、三代藩主前田利常は政治や軍事ではなく文化で徳川氏に挑み、そのことを自己の存在証明としました。
前田利常の文化政策は、質・量において徳川氏を凌ぐ内外の名品、文物を収集することと、優れた芸術家を招き、幕府の待遇にまさる厚遇をして高水準の作品を生み出す環境を整えるという、「収集」と「育成」に大別することができます。そしてその方針は、博物学的に系統化される形で、五代藩主前田綱紀に継承されました。
今回の展示作品から、まず「収集」に眼を向けると「名物裂」と総称される、主に明時代の中国で生産された織物が注目されます。今回は「蜀江錦」、「清水裂」など三点を展示します。また書跡、典籍では重文「栄華物語目録」と重文 小野道風書「白楽天常楽里閑居詩」が半期ずつ展示されます(十月二日に展示替)。美術工芸作品では鎌倉の荏柄社に伝来した重文「荏柄天神縁起絵巻」(下巻)と室町時代蒔絵の名品、重文「扇面散蒔絵手箱」、重文 周文作「四季山水図」を展示します。そして「育成」については、前田綱紀の文化事業を語る上で欠くことのできない重文「百工比照」のうち、今回は外題紙類と織物類、小紋類を展示します。どうぞご期待ください。