●特別陳列 吉田冨士夫 −手品師の息づかい−
洋画家吉田冨士夫氏は、道化師や手品師、催眠術師をテーマに幻想的な作品を描き続けたことでよく知られます。その画面は、艶のある透明な絵具を何層も重ねて作りあげたもので、テーマと相まって、切なく美しい独自の雰囲気を醸し出しています。
マチエール(絵肌)の美しさは油絵具の魅力の一つですが、意外と無頓着な作家が多いものです。なかで吉田氏の透明感を持った美しい絵肌は際だっていますが、それは画業を始めるに際し、氏が陶磁器の絵付けを職業としたことと深く関わっていると思われます。陶磁器制作は画業と並行して生涯にわたって行われ、数々の個展を開催し、陶芸家としても名を馳せました。
吉田氏のイメージの源泉は幼い頃に見たサーカスや、かつて「北陸の宝塚」ともうたわれた内灘・粟崎遊園での、少女に催眠術をかけて浮かべる手品の想い出であったといいます。いずれの作品にも不思議な物語があり、観る者は美しくも哀しい画面のあちこちをさまよい歩き、尽きぬ思いを抱くのです。
こうした不可思議な物語性は、吉田氏が若き日に4 年間スペインへ陶芸指導に招かれ、ゴヤやベラスケスを知ったことで、より展開していったと考えられます。つまり、ベラスケスの鏡を多用した虚と実が渾然とした世界、またゴヤの『カプリチョス(気まぐれ)』などに見られるような謎めいた黒の世界、これらが吉田氏の哀調を帯びた画面に、不気味なドラマを潜ませて、骨太の絵画世界を築き上げているのです。
本展は二紀会重鎮として活躍された吉田氏の創作の軌跡を、初期の墨彩画から晩年の文楽をテーマとする和のイメージを強めていった油絵まで、当館所蔵品に吉田家並びに各機関所蔵の優品を交えてご覧いただくものです。
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