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学芸員コラムColumn

2019年1月31日展覧会#43 金城画壇

企画展「石川近代美術の100年」関連連載その4 

飛鳥哲雄《ロココに想う》

 金城画壇は大正13年1月に発足しました。前年の9月、関東大震災によって東京は壊滅状態となり、画家達は創作の場、発表の場を失ってしまいました。石川出身の画家の多くは帰郷するのですが、故郷の画壇は旧弊で、ぬるま湯につかっているように見えたのでした。そこで、帰郷組の日本画家相川祥瑞らと、山脇皜雲ら在住画家とで新しい研究会と展覧会を企画したのです。展覧会名称を金城画壇展とし、日本画を第一部、洋画を第二部とする二部制の展覧会を年に1度ないし2度開き、昭和18年の第21回展まで続きました。戦後まもなく金沢で現代美術展を開催することができたもの、金城画壇展という下地があったからこそといえます。
 洋画部は佐々木三六に加え、大正14年4月に県立工業学校に赴任する飛鳥哲雄を中心とし、洋画の普及は金城画壇展が開かれることによって加速されたのでした。
 第1回金城画壇展は兼六園内の石川県商品陳列所で、大正13年6月8日から同19日まで開催されました。日本画部の出品者は4972点、洋画部の出品者は29名、点数73点でした。(普及課長 二木伸一郎)

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