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学芸員コラムColumn

2018年10月1日展覧会#38 漆皮展に寄せて

 漆皮とは読んで字のごとく、動物の皮革を素地とした漆器のことです。主に、大きなものには牛、小さなものにはやわらかい鹿の皮が使われています。東大寺正倉院や大阪の四天王寺には、奈良時代の例がのこっており、この頃隆盛した技法とされています。漆皮作品に触れてみると、軽く、手ざわりに革独特のなじみが感じられます。また組物や指物のようなきっちりした角を持たず、柔らかいカーブを帯びた形となることも特徴です。どことなく漂う大らかな雰囲気も、こうした性質によるものでしょうか。一方、皮革の処理には時間的にも費用的にも、大きな負担がかかります。さらに、平安時代から発展した蒔絵を施すためには、自然にカーブを描く皮革よりも、平面を取りやすい木地の方が適していました。こうしたいくつかの要因から、平安時代以降漆皮は衰微したとされています。

 時を経て、次に漆皮が注目されたのは、昭和に入ってからのことです。明治のはじめ、時代の大きな変動によって多くの文化財が移動し、あるいは永遠に失われてしまいました。その反省を経て、明治30年代ごろから昭和初期にかけて、日本では古文化財を守ろうとする動きが高まります。法の整備とともに、文化財の修復や模造が本格的に行われ、公に展示されるようになったのです。このとき展示された古文化財に関心を寄せたのは、自らも展覧会という新しい仕組みの中に生きようとする作家たちでありました。

 その中でも、漆皮に注目したのが金沢出身の新村撰吉(19071983)です。

新村撰吉《漆皮花蝶文盤》

新村撰吉《漆皮花蝶文盤》 石川県立美術館蔵

新村は木型に皮をあてて打ち延ばし、強い力で締め上げて成型することで、漆皮の技法をよみがえらせました。その技術を活かして、四天王寺に新しい漆皮箱を奉納したことは、奈良時代の遺品がいまにつながった瞬間だったということができるでしょう。また、日本伝統工芸展にいくつもの漆皮作品を出品し、色漆を活かしたデザインは、現代においても上品で温雅な印象を与えます。さらにその後、輪島・金沢で活躍した坂下直大(19372015)は正倉院宝物の観察から独自に研究を重ね、ねじれを生じにくい漆皮の制作に取り組みました。網代編みや曲輪造といった異素材を重ねることで、従来の漆皮になかった形状を作り出し、同時に強度を上げたのです。また、重要無形文化財「髹漆」保持者の増村紀一郎(1941~)は、現代でも漆皮作品を作り続ける代表的な作家です。増村が宮内庁の依頼を受け、正倉院宝物「御袈裟箱」の復原を行ったことにより、漆皮の研究は格段に進みました。

 

 三者三様の漆皮作品は、古代のわざ「漆皮」と、漆皮が眠っていた時代に発展したさまざまな技法との調和を、私たちの面前に広げてくれています。会場では漆皮の工程見本(坂下直大作)、増村紀一郎の漆皮制作映像をあわせて公開しています。長い眠りからようやく目覚めたこの技法が、今後も長く受け継がれていくことを願い、今回の展示に至りました。会期中、多くの方にお運びいただけますと幸いです。(学芸員 有賀 茜)

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