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学芸員コラムColumn

2017年12月23日その他#34 前田綱紀 「百工比照」の思想

 このほど終了した、前田育徳会尊經閣文庫分館の特別陳列「百工比照」のあとがきです。
 1908年に刊行された『加賀松雲公』中巻220ページ以下に、加賀藩五代藩主・前田綱紀の書籍収集に関する興味深い記述があります。『大日本史』の編纂でも知られる水戸黄門・徳川光圀が、自分は国史の書物を編纂する目的で書籍を探し求めているが、卿(綱紀)はどのような書物編集のために書籍を収集しているのかと質問しました。それに対し綱紀は、編纂は本来的な目的であるが、書籍が備わっていなければ完璧な編纂はできないとして、目下は多くの書籍を収集することに務めていると答えました。
 ここにも、一事一物の理を十分に窮め知ることを説く朱子学の影響を認めることができます。すなわち前田綱紀は、具体的な編纂方針に限定されることなく書籍をひたすら収集して精読することにより、一見何の関連、脈絡がないと思われるものを透徹する「理」を見出そうとしたことがわかります。たとえば道教、儒教、仏教、禅、朱子学のような人間の叡智の系統と、本草学が明らかにした植物の系統には類比(アナロジー)があり、そこに地理的な特性も影響を与えているとの問題意識を持てば、その検証のためには可能な限り関連書籍を集めて読み込むことが要請されます。さらに思想が生まれた歴史背景や、中心的人物の出自などの「媒介変数」を順次加えて比較対照すれば、一定の法則性を見出すことが期待されます。こうして人間の歴史的営為から自然、そして万物の理を考究するためには、一般的な範疇や部類の概念に拘束されない書籍収集と、書かれた内容に通暁することで真価を発揮する「可変思考」が必須の前提となるわけです。
 したがって前田綱紀の編纂活動の目的は、収集した書籍の学習によって獲得した知識・理解をもとに、編纂の実践によってその正しさを検証し、それぞれの事物・事態の理を、実感をもって知得することだったと考えることができます。それゆえに「百工比照」は動・植・鉱物など自然界に存在するものの博物学的理解の上に、それらを素材として加飾を行う人間の芸術的な創造的活動を展開させる理を探究する道程と位置付けられます。
 たとえば今回のような総合的な展示を漠然と眺めておりますと、「張付唐紙類」、「革類」、「小紋類」、「羽織類絵図」、「作紋類絵図」には、○□△という共通したデザインの傾向性が見えてきます。「○□△」といえば、禅僧・仙厓の一幅(出光美術館蔵)が連想されますが、円に内接する正三角形や正方形は、ピュタゴラス音階で重要な五度や四度とも関わるように、洋の東西を問わず万物の根源的な秩序を表象するものと考えられていたようです。そして、前田綱紀は様々な軍装のデザインを自ら指示したことでも知られていますが、1703年に小人頭指物について上掲のような図を示していることも注目されます。これも綱紀にとっては理の検証と実践でした。このように「百工比照」が内包する精神世界の深さは、単なる工芸の視点では究明できないことを今回の展示で認識しました。(学芸第一課担当課長 村瀬博春)

画像出典:『加賀松雲公』中巻576ページ

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